Boom Pam『Kikoetekuru Naminoyouni 聞こえてくる波のように』
イスラエル発「地中海のサーフ・ロック・バンド」Boom Pamの新作EP『Kikoetekuru Naminoyouni 聞こえてくる波のように』は、日本の東北地方南三陸の郷土芸能団体や音楽家たちとのコラボレーション、全4曲を収めたEPである。
日本側から参加しているのは、宮城県南三陸町の水戸辺鹿子躍、石巻市雄勝町伊達の黒船太鼓保存会と同市の音楽家の四倉由公彦、仙台市の津軽三味線奏者の織江響、Kiwi & the Papaya Mangoesのヴァイオリン奏者Go Arai、更に山形県出身の歌手、白崎映美である。
そして、この作品は東日本大震災と津波の発生から10年の節目に、犠牲者を追悼する駐日イスラエル大使館のプロジェクト「イスラエル・日本・パートナーシップ・東北イニシアティブ2021」の一環として制作されている。
Boom Pamと南三陸の芸能集団、そしてイスラエルと東北地方にいったいどんなつながりがあるのだろうか?
実は東日本大震災の直後、イスラエルは被災地に医療チームを送った最初の国の一つだった。医療チームは宮城県南三陸町に仮設診療所を設置し、2週間の医療と支援活動を行い、帰国時には地元の病院にすべての医療機器を寄贈したのだ。
それから10年後、南三陸町を代表する郷土芸能の鹿子躍とBoom Pamを結びつけたのは、元イスラエル大使館文化担当で、このプロジェクトのディレクターであるアリエ・ローゼンだった。
アリエ「2020年、コロナ禍が始まり、予定していた全ての文化イベントがキャンセルとなりました。しかし、これを新しい機会ととらえ、新しい方法でなにか出来ないか、イスラエルと日本のアートと文化のコラボレーションを通じて、ポジティブな衝撃を世界に与えられるものを作れないかと、リモートでのコラボレーションのプロジェクトを開始しました。これまでに森山未來や作家のエトガル・ケレットたちによる短編映画『外』が完成し、シャイ・マエストロが音楽提供する短編映画も進行中です。そして、東日本大震災から10年を迎えた2021年に、イスラエルと縁の深い南三陸町の鹿子躍を思い出しました。
南三陸町の鹿子躍は若い世代が中心となって郷土芸能、文化を活かそうと努力しているところに心を打たれたんです。彼らとコラボレーションして新しいものを作り上げることの出来るアーティストとして、Boom Pamを真っ先に思い浮かべました。メンバーのウリ(Uri Brauner Kinrot)もウズィ(Uzi Ramirez)も素晴らしいギタリストで才能があり、異なる種類の音楽への理解もあり、コラボレーションを恐れない。そして、何よりもサーフ・ロックなので「海とのつながり」があり、それが鹿子躍と共通しています。
鹿子躍もまた「海とのつながり」がパワフルで、海に面して暮らしてきた人々のものです。震災の津波で鹿子頭やササラは海に流されてしまったんです。しかし、後に大半が泥の中から発見され、帰ってきたんだそうです。南三陸の人々はこの文化を誇りに思っています。そして、この新たな解釈を喜んでくれています。このコラボレーションを世界に届け、いつか彼らをイスラエルに呼び、テルアビブのビーチで鹿子躍を披露して欲しいです」
南三陸町の鹿子躍、正式名称は「行山流水戸辺鹿子躍(ぎょうざんりゅうみとべししおどり)」。雄鹿を模した踊りを通じて、「供養」と「子孫繁栄(生命の創造)」の祈りを奉納する。それは東日本大震災とその復興とも重なる。そして、この二組のコラボレーションがEPの一曲目『Onegai Shimasu』に結実した。曲名は合気道を習ったことのあるウズィが名付けた。南三陸の芸能や音楽との「お手合わせお願いします」というメッセージだ。
プロジェクト全体を仕切ったのは日本を代表するワールドミュージックのフェスティバル「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」の総合プロデューサー、ニコラ・リバレである。彼が中心となり、鹿子躍のほか、南三陸と縁の深い日本人アーティストたちが選出された。
2曲目『Thoroughfare』はBoom Pamと雄勝町伊達の黒船太鼓保存会、四倉由公彦、Go Araiの共演曲。雄勝町も東日本大震災の大津波で壊滅的被害を受けた。黒船太鼓保存会の稽古場であった公民館は全壊し、楽器や衣装が流失し、会員も地域から避難し、一旦は活動の火が消えかけたが、全国の人々から支援され、活動再開を果たしたという。ペンタトニック音階の演歌的メロディーはウズィのアイディア。
ウズィ「ペンタトニックのメロディーは日本的だけど、同時にエチオピア風にも聞こえる(イスラエルはエチオピア系住民が暮らしているため、エチオピア音楽が身近)。黒船太鼓のリズムと一緒になると、デューク・エリントンの古いジャズのようにも聞こえてくるんだ」
3曲目『Shpakhtel』は イントロ、そしてエレキギターの代わりにメロディーを演奏するのは織江響による津軽三味線だ。ウリとウズィ、二人の凄腕ギタリストが時に火花を散らしながら、時に譲り合いながら、エレキをかき鳴らし、それらをテュービー(Yuval “Tuby” Zolotov)が低音金管楽器のチューバを吹き鳴らして支える、これがBoom Pamの最大の個性だ。だが今回、津軽三味線をバンドの中央に迎えても、その個性はまったく揺るぎない。ウリたちが織江響をサポートしながらも、バンド・サウンドをまとめ上げるのを楽しんでいるのが伝わってくる。この曲は、これまで様々な日本人アーティストたちによって追求されてきた、所謂「三味線ロック」の新たな指標となるような会心の仕上がりだ。なお、曲名の「シュパッテル」とはヘブライ語で、ケーキ作りに使うスパチュラのこと。三味線の大きなバチがシュパッテルのように見えたことからウズィによって名付けられた。
4曲目『Kikoetekuru Naminoyouni 聞こえてくる波のように』は唯一のヴォーカル曲。歌っているのは山形県酒田市出身、上々颱風でおなじみの白崎映美。彼女は東日本大震災直後、東北人としての血がたぎり、同じく東北出身のミュージシャンたちとバンド「東北6県ろ~る!!ショー」を結成。以来、頻繁に被災地を訪れて、人々の心に寄り添った活動を続けてきた。この曲の作詞は彼女が担当した。
白崎「Boom Pamが東北のことを思ってくれる、イスラエルみたいな遠い国の人が東北に思いをよせてくれるってことにビックリしました。そして、彼らから送られてきたデモを聴いたら、和太鼓のイントロにBoom Pamのサーフ・サウンドとメロディーが合体してて、これはどこにもない音じゃない? 嬉しい!って。久しぶりに忘れていた音楽の喜びを感じました。そこで「コロナがなければ、本来ならば、一緒に会ってレコーディングして、ライブしたい。でも今回はITを使ってリモートでの作業。会えないけれど、見えないけれど、触れないけれど、それでも確かに一緒にいるよ、気持ちが確かに伝わってくるよ。たとえ遠くでも、心が会いに来るよ」という内容の歌詞を書いたんです。いつか「東北6県ろ~る!!ショー」をBoom Pamと合同で出来たらいいな」
ウリ「プロジェクトのコンセプトはとても知的で意義がある。僕たちは沢山の資料や音素材を受け取り、作業をスタートした。でも、一旦スタートしたら、後はコンセプトよりも、いつものように直感を信じて特別な音楽、美しい音楽を作るだけ」
ウズィ「正直、どんなものが出来上がるのか想像もつかなかった。リモートのレコーディングだし、コロナ禍でプロジェクト自体が中断したこともあったし。でも、こんなに楽しめる作品が出来上がった。いつもなら完成した後はしばらく聞きたくないんだけど、これは例外だね」
ウリ「このプロジェクトの次の目標は南三陸に行って、鹿子躍や映美たちと一緒にライブを行うこと。その日が待ち遠しいよ」
なお「イスラエル・日本・パートナーシップ・東北イニシアティブ2021」はこのEPのほかにも、東北イスラエル・スタートアップ・コラボレーション、短編映画『行き止まりのむこう側』プロジェクト(シャイ・マエストロが音楽担当)、石巻体験プログラム、亘理町福祉プロジェクトなど、様々な分野のプロジェクトが現在同時進行中である。(https://israeru.jp/business/tohoku-initiative2021)
そして、待ち望んでいたBoom Pamのニューアルバムも既に完成し、近日リリースされるようだ。
サラーム海上
2022年1月24日